大阪地方裁判所 平成5年(ヨ)62号 決定 1993年8月02日
債権者
甲田乙治
右代理人弁護士
大槻守
木村保男
的場悠紀
川村俊雄
中井康之
福田健次
大須賀欣一
青海利之
湯川健司
債務者
大同生命保険相互会社
右代表者代表取締役
河原四郎
右代理人弁護士
木田好三
平山三徹
植森啓子
主文
一 本件申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者の負担とする。
理由
第一事案の概要
一 申立ての趣旨
1 債務者は、債権者を従業員として取扱え。
2 債務者は、債権者に対し、一二六万円及び平成五年二月一日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り六〇万円の割合による金員を支払え。
3 申立費用は債務者の負担とする。
二 事案の概要
本件は、顧客から返済を受けた金員を会社に入金せずに着服したとして懲戒解雇処分を受けた債権者が、右金員は顧客から一時的に預ったもので、顧客の依頼により直後に返却しており、右処分は事実を誤認したもので無効であるとして、地位保全及び賃金仮払を求める事案である。
三 主要な争点
債権者が顧客に対し、平成四年三月五日及び同月二五日、預り金を返却したか否かである。
第二当裁判所の判断
一 基礎となる事実関係
本件疎明資料、(人証略)及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実を一応認めることができる(当事者間に争いのない事実を含む)。
1(当事者)
(一) 債務者は、生命保険事業及び生命保険の再保険事業を業とする生命保険相互会社である。
(二) 債権者は、昭和五九年五月一日、債務者大阪中央支社(以下「支社」という。)において、普通養成職員(営業職員)として雇用され、平成元年四月一日から特別参事一号に格付けされ、債務者支社の第四営業課に属し、保険見込客の開拓、保険契約、保険金の集金支払手続等の顧客との取引関係を担当する、六〇歳の生命保険募集人(いわゆる保険外交員)である。
2(契約貸付金)
(一) 債務者においては、保険契約締結者に対し、その解約払戻金の一定割合の範囲内で、現金貸付をする契約貸付の制度があり、契約者は右制度を利用することにより、一定利率の利息を負担すれば、弁済期の定めなく、債務者から貸付を受けることができる。
(二) 山内勝二は、山内勝二及び同人の妻山内和子を契約者とする保険契約に基づき、債務者から、次のとおり契約貸付を受けていた(利率は年七パーセント)。
<1>平成三年八月二二日、山内勝二名義で、八五万円
<2>同年一二月二五日、山内勝二名義で、三三万円
<3>同日、山内和子名義で、一六万円
(三) 平成四年三月四日、山内勝二は、債権者に対し、右<2>及び<3>の債務の弁済として、合計四九万円を支払った。そこで、債権者は山内に対し、右を受け取った旨の領収証(<証拠略>)を発行した。ただし、右金員は債務者に入金されていない。
(四) 同月二三日、山内勝二は、債権者に対し、右<1>の債務の弁済としての八五万円、新規の保険料八三万七〇〇〇円を含む一六六万二〇〇〇円(ただし、山内の債権者に対する立替金二万五〇〇〇円が控除されている。)を支払った。そこで、債権者は山内に対し、右内容の領収証(<証拠略>)を発行した。ただし、右保険料八三万余円は債務者に入金されたが、契約貸付金の八五万円は入金されていない。
3(解雇に至る経緯)
(一) 山内勝二は、平成四年一一月二四日、債務者の天満事務センターに、「契約者貸付金の返済金として取扱職員である債権者に同年三月四日に四九万円、同月二三日に八五万円を渡した。領収証も貰っている。今回債務者から利息案内が送付されてきたが、右返済金が計上されていない。債権者に連絡したが何ら返事がないので調査してほしい。」との電話があった。
(二) 債務者副支社長山本正及び天満事務センター長上田治郎は、一一月二五日、八尾市沼二丁目の山内勝二方を訪問し、山内和子から右返済を裏付ける債権者作成の領収証二通を示され、右コピーを入手した。債務者支社長山本勝彦らは、同日、債権者に山内方で入手した領収証二通のコピーを示して、その説明を求めたところ、債権者は、調査するので暫く猶予期間がほしい旨回答した。
山本副支社長、上田センター長は、二七日、山内勝二と面談したところ、同人は、「借入金返済の際、利息はサービスすると債権者が言ったので、三月四日、二三日とも借入元金だけ支払った。後日、本社から利息案内が来るが、放置しておいてよいと言われた。しかし、利息案内が来て、心配していたところ、兄の敏男から債権者に気をつけろと言われ、この借入金の返済と利息案内の件を話したところ、兄から本件は債権者と話をせず債務者と話をするよう言われた。二回とも返済金は自宅で支払ったが、いつも運転手付きの車で来られ、債権者は重役(参事)と聞いていたので、利息免除等すべて信用していた。」と話した。
同月三〇日、山本支社長らの事情聴取に対し、債権者は、「山内勝二から契約貸付後、さらに資金が必要と言われたが、再三契約貸付はできないので、二、三回山内の口座に振込んだことがある。振込控を探している。また、山内に通帳確認を依頼しているので暫く待ってほしい。時期は定かでないが、一週間から一か月の間に二回振込んでいる。三月四日、二三日に現金を受領しているが、自分は個人的に山内に貸金がある。」と弁明した。
そして、同年一二月一日の事情聴取の際にも「振込票は現在探している。」と返答し、債権(ママ)者から、本件について、「債権者は、当該金額を仮領収書にて、受領後又は受領前いずれかに当契約者との個人的な金銭貸借として、返済金相当額を契約者の取引銀行口座に二度に亘り振込送金したとのことであるが、この事実を明らかにできる振込票又はそれにかわる証明できるものを一二月二日午後五時までに提示」し、それが提示できない場合には年末手当の支給を留保する旨の書面(<証拠略>)を示され、これに署名した。
(三) 翌二日、債務者本社の佐藤上席検査役、坂本検査役、山本支社長らが事情を聴取したところ、債権者は、「山内勝二に二、三回、資金が必要とのことで銀行振込で金を貸しているので山内から受け取った一三四万円はその返済であり、貸した金の振込票を探している。金は受け取ったが、この金は自分の金で、あくまでも自分が貸した金を回収したまでだ。」と返答した。そして、債権者は債務者から横領を認める始末書を提出するよう求められたが、これを拒絶し、入金しなかった事実は認める旨の始末書(<証拠略>)を提出し、同日自宅待機を命じられた。
同月七日、債務者から契約貸付金の返済計画を質された債権者は、同月一五日までに全額返済する旨の計画書を提出した。
(四) 一二月九日になって、山内勝二から、債務者に対し、「今回の件は一週間ほど保留させて貰えないか。債権者が厳しい処分を受けると聞いた。罪人を出すために申し出たのではない。多くの人に迷惑がかかるようなので保留させて貰いたい。」との申出がなされたが、山本副支社長は、処分は会社内の問題で、保留できない旨回答した。
山内勝二と債権者は、同月一四日付けで、「証券貸付金の返済について両者間で紛争があったが、円満解決し被損害も相互になく、債務者に対しても損害賠償等一切の請求はせず、この件は白紙とし全面撤回することに同意」する旨の書面(<証拠略>)を作成し、翌一五日、債務者に白紙撤回を求める文書とともに提出し、さらに、山内勝二は、同日、債務者に契約貸付金合計一三四万円の入金をしたが、債務者は、一七日、これを山内勝二に返却した。
(五) その間一四日には、債務者はそれまでの調査結果に基づき、賞罰委員会を開催し、債権者を懲戒解雇処分とする決定をし、同月一八日、債権者に対し、営業職員就業規則賞罰規程九条六項二号に該当するとして、同月一四日付けをもって懲戒解雇とする旨の意思表示をした。
それに対し、債権者は債務者に対し、異議申立書(<証拠略>)を提出するとともに、懲戒解雇に至った経過について回答を求める書面を送付した。
二 債権者の返却の有無について
債権者は、返済を受けた四九万円と八五万円は一時的に山内から預かっただけで、三月五日に四九万円を、三月二五日に八五万円を返却した旨主張するので、以下検討する。
1 受取証について
(一) 受取証について
債権者は、三月五日の返却の証拠が三和銀行の袋を利用した受取証(<証拠略>)であり、三月二五日の返却の証拠が債権者の名刺を利用した受取証(<証拠略>)であるとしている。
(二) 受取証発見の経過
債権者は、一二月七日に名刺入れの中から(証拠略)を、同日、鞄の中から(証拠略)を見つけ、翌八日、山内勝二にこれを示したと陳述する。
しかるに、債権者は債務者に右受取証を届けずに、山内勝二のもとに持参し、山内をして債務者に申入れの保留を申し出て、あるいは前示撤回書を作成しているし、一二月九日の申入れの保留にしても、一四日付けの白紙撤回書に添付された同意書(<証拠略>)にしても、何ら受取証について触れるところがなく、本件全資料によるも債権者が債務者に対し右受取証を提示した時期を確定することができないけれども、債権者作成にかかる一二月一八日付け異議申立書(<証拠略>)においても右受取証については触れるところがない。
(三) 名刺(<証拠略>)について
疎明資料によれば、債権者は本件解雇処分後支社にあった自己の名刺を処分したこと、債権者が山内から三月四日返済を受けた際に受領証として使用した名刺(<証拠略>)及び平成四年五月又は六月に同僚の今井から一〇万円を借用するに際し使用した名刺(<証拠略>)は、いずれも平成三年六月以降に作成された新しい形式の名刺であるのに対し、三月二五日付けの受取証の名刺(<証拠略>)は平成三年三月以前に作成された古い形式の名刺であること、右各事実を一応認めることができる。
債務者は右各事実をもって、(証拠略)は債権者が解雇処分を受け、それまで使用していた新しい名刺を処分したために家にあった古い名刺を利用して後日作成したものであると主張するところ、右各事実に、債権者が右受取証を発見した後も債務者にこれを提示しなかった事実を併せ考えると、偶々三月二五日に古い名刺が名刺入れの中に入っていた可能性を完全に否定することはできないものの(債務者の主張は憶測の域を出ないもので、前示各事実から右受取証が後日作成されたとまでは認定するには足りない。)、右受取証に対する疑念のひとつとして指摘することができる。
(四) 小括
債権者は一二月七日に右受取証を発見したとするが、その受取証を債務者に示さないなど、自己の疑いを晴らす唯一の証拠を発見した者の行動としては不自然であるし、その後に作成された資料中にも受取証の存在を窺わせるものがなく、一二月八日の時点で右各受取証が存在していたこと自体疑わしいといわざるをえないし、受取証として利用された前示名刺にも不可解な点が存在するといわなければならず、これらをもって入金の不正使用の事実を認めるかはともかく、少なくともこれらをもって返却の事実を認めることはできないといわなければならない。
2 返却時の状況について
(人証略)は、債権者が三月四日、二五日のいずれも昼ころ八尾市沼の山内方に来て返却した旨証言し、また、債権者は、その時刻は不明瞭ながらも概ね昼ころ、山内方に持参して返却した、五日の返却は、返済を受けた四日の夜に山内から電話があって、返却するよう求められたためであり、二五日の返却は、二三日に返済を受ける際に債権者の方から山内の資金の困難を考えて暫く会社に入金しない旨申し出て、それを預り保管中、山内から返却の要請があったためと陳述している。
山内が三月二三日に一の2の(一)の<1>の債務の返済として債権者に八五万円を渡したことは前示のとおりであるが、右に当たって五日に債権者から返却を受けたという<2>及び<3>の四九万円は返済の対象とせずに、<1>の八五万円を返済したのは、既に<2>及び<3>の債務は返済ずみであったのではないかとの疑いを払拭することはできない。また、山内が資金に余裕ができた故に返済した四日の夜に急遽その返却を求めておきながら、その資金の用途については証言できないのは不自然というほかないし(次の3に判示するとおり。)、二三日に返済を受けたのに、直ちに債務者に入金せずに、現金のままで二五日に所持していたというのもやや不自然である。
3 山内が返却を受ける必要性について
山内勝二が契約貸付金を返済した直後に債権者からその返却を受けねばならない資金の必要性について、債権者は株式会社関西銀行からの融資を受けることができるか不明な時期で、資金が必要であったと陳述し、(人証略)も同旨証言をするけれども、(証拠略)及び審尋の全趣旨によれば、山内勝二は従前、株式会社フクトククレジットから約五五〇〇万円の融資を受けていたところ、平成四年二月一四日、関西銀行から極度額九〇〇〇万円の融資(<人証略>によれば、七〇〇〇万円の融資)を得た事実を認定でき、右に照らせば、三月の時点で銀行融資の可否は不明の状態ではなく、前記債権者の陳述及び(人証略)は客観的事実に反するし、(人証略)によるも返済した翌日又は翌々日にその返済した金員の返却を受けねばならない緊急の資金の必要性を窺うことは到底できない(むしろ、約一五〇〇万円の資金的余裕がうまれたことは間違いなく、関西銀行の依頼により一〇〇万円の定期預金にしたので資金繰りは相変らず困難であったと山内は陳述をするが、約一五〇〇万円の資金的余裕に対し一〇〇万円の定期預金というのでは著しく説得力を欠くし、山内は同年三月末に新規に債務者と保険契約を締結し、保険料八三万七〇〇〇円を支払うなど、四九万円及び八五万円を返済したことは自然な事実として理解できても、それを直後に必要とする突発的な必要性は認めることはできない。)。
4 三月五日、二五日の債権者の行動について
(一) 屋田周一について
疎明資料によれば、屋田周一は債権者と同じ営業四課に属する債務者営業職員であり、顧客との契約締結等の職務を行なうについて、債権者と共同して当たり、行動をともにする機会の多かった人物と認められる。
(二) 三月五日の行動について
債権者は、同日昼過ぎ山内方を訪問した旨陳述し、(人証略)も大要同旨であるところ、(証拠略)によれば、債権者は三月四日屋田運転の自動車で山内勝二方を訪問しており、右事実は屋田の日程表に記載があること、他方、三月五日に屋田が債権者と山内方に同道した事実はないこと、債権者は五日の昼過ぎに日綿実業に出掛けていること、屋田はその後債権者との共同作業として株式会社大島工業所のシュミレーションのワープロ打ちに専念していたことの各事実を認めることができる。
(三) 三月二五日の行動について
債権者は同日午前中に後記高橋方の集金後、八尾の山内方を訪問した旨陳述し、(人証略)は昼過ぎころ債権者が来た旨証言するところ、(証拠略)によれば、債権者は三月二三日、山内勝二から契約貸付金の返済を受けに、屋田運転の自動車で山内方に行っており、その事実は屋田の日程表に記載されていること、他方、三月二五日に屋田が債権者と同道した事実はないことの各事実を認めることができる(なお、債権者は、二五日の午後二時からは課の打合せ会、午後五時半からは夕食会、七時半からは岡職員の送別会に参加していて、同日午後に山内方を訪ねる時間的余裕はないと認められる。)。
また、(証拠略)によれば、債権者が同日午前九時から一二時まで西成区太子のダンシャク美容院こと高橋啓子に集金に行っていたため午前中は支社に出社しなかった旨の直行届を同日債務者に提出した事実を認めることができる。
ところで、屋田周一は、債権者が同日午前中に出社していた旨陳述し、また、債務者は、二五日に前記高橋方に行って集金したのであれば、右高橋のもとにあるべき第一回保険料充当金領収証(<証拠略>)が解雇後に債権者の机の中にあったことを右高橋方を訪問しなかった証左として、債権者は同日午前中は債務者支社に出社していたと主張するけれども、もし債権者が午前中出社していたとすれば、前示のような直行届を提出するのは不合理と思われるし、また、右一保充当金領収証の文面も、その保険金の領収日は三月二五日とされており(<証拠略>によれば、債権者が同月二三日右高橋と面接した事実を認められるけれども、その際保険金を受領したと認める資料はない。)、前示直行届と符合し、同日午前中に高橋方に行っていたと認定するのが相当であって、債務者の主張は採用できない。
(四) 小括
以上の各事実を検討するに、山内方に返済を受けに行く際は、いずれも屋田を同道していた債権者が、返却の際にはいずれも単独で行動し、屋田の自動車を利用しなかったというのは不自然である上(二五日の午前中は屋田の事情でこれを利用できなかったといえるが、五日についてはその説明がつかない。なお、銀行振込によりえなかったかも疑問である。)、また、両日とも債権者が山内方を訪れる時間的余裕が全くなかったと断定することはできないけれども、交通の便の悪い八尾市沼に行くには時間的にかなり困難が伴うと思われるし(債権者の陳述によるも、訪問の時刻及び交通手段等の詳細は不明確であるが、三月二五日には陳述の如く昼過ぎに訪問することは不可能に近い。)、また、前記直行届の記載から債権者が山内方に行ったと推認することができないのは当然である。
5 債権者の経済状態
疎明資料によれば、債権者は平成四年三月ころ住民税、固定資産税を滞納していた事実、同年五月一三日に同僚の今井から四〇万円を借りたり(その他にも今井から1の(三)判示の一〇万円などしばしば金員を借りている。)、同月二八日債務者労働組合から四〇万円を借りるなど、その使途は不明ではあるが、経済的に困窮していた事実を認定できる。
6 利息金の処理について
疎明資料によれば、平成四年一二月一八日、債務者と山内勝二との間の金銭関係の精算がなされ、平成二年八月二六日の預り金五一万四〇〇〇円と平成三年一月二四日返却の五〇万円の差額一万四〇〇〇円、右期間中の利息金一万〇七〇三円の合計二万四七〇三円を債務者が山内勝二に対し支払い(これらは本件とは直接には関係がない。)、山内は債務者に対し、契約貸付金の利息金(利率年七パーセント)として、<1>八五万円について貸付日から平成四年三月二三日までの分三万四七二一円、<2>三三万円について貸付日から同月四日までの分四三六六円、<3>一六万円について同じく同月四日までの分二一一七円、合計四万一二〇四円を支払うこととなり、右のとおり決済された。
右によれば、山内勝二が右のように精算することについて躊躇を覚えていた節も窺えるが、山内が債権者による返却がないことを前提として利息金を受領したことは動かし難い事実である。
7 山内敏男との一件について
疎明資料によれば、山内勝二の兄の山内敏男の保険料に関し、山内敏男は債権者を経由して保険料を入金していないのに、債権者が、山内敏男に対し、私製領収証及び一保充当金領収証を発行していたことが問題となり、平成四年九月二五日債権者が始末書を提出し落着した事実を認定することができるけれども、右事実をもって、直ちに本件不正利用を推認することはできない。
8 発覚後の経緯
(一) 債権者の言動について
前判示のとおり、本件問題が発生してから、債権者は債務者からの事情聴取に対し、個人的な貸金の返済として受けたとか、振込送金している、などと弁明しているのであって、返済直後に持参して返却したとの主張はしていない。
(二) 山内勝二の言動について
山内勝二は、一一月二四日、債務者に対し、契約貸付金は返済しているとして、債権者による入金の不正使用について調査するよう強く求めていたのに、一二月九日にはその保留を、一四日ころにはその白紙撤回を申し入れ、さらに本件仮処分事件において返却を受けた旨証言するなど、その言うところは変転している。
(三) 小括
問題の表面化後、債権者も山内勝二も何ら返却の事実を申し出ておらず(なお、利息はサービスすると言われて元金を支払ったとの山内の一一月二七日の説明については、現に利息を除いた元金しか債権者が受領していないなど事実に符合しているし、一二月一四日付けの前記撤回申入書の文言は、返却の事実について触れるところはなく、山内と債権者との紛争が解決し、山内が債務者に損害賠償請求をしない旨の内容となっている。)、いまだ約九か月しか経過していない時点で、合計一三四万円の金員の授受を当事者双方が完全に忘却したというのは俄に信用することができない(とりわけ、債権者主張を前提とすれは、山内の資金の必要は緊急であるのに、その記憶を欠如しているし、債権者は単に忘却したというにとどまらず、繰り返し個人の貸付である旨の釈明をしている。)。
9 総合的検討
以上の各事実を総合すれば、債権者が山内に一時的に預かった金員を返却したとの可能性を完全に否定し尽くすことはできないけれども、債権者が返却したことを裏付ける適格な資料は存在しないのみならず、返却したとの主張には数々の拭い難い不自然さが残るのであって(受取証の発見経緯、山内の資金の必要性、発覚後の言動等)、債権者が、前記各日に山内に対し金員を返却していないと認めるのが相当といわざるをえない。
したがって、懲戒事由である「正当な理由なく保険料、保険料充当金の入金を遅延したとき、またはこれらを着服、流用したとき」に準ずる場合に該当するということができる。
三 解雇手続について
解雇に至る経緯は前示のとおりであって、解雇の意思表示に具体的な解雇事由が明記されていなかったことは債権者所論のとおりであるけれども、解雇に至る交渉経過に鑑みれば、債権者は処分の対象となる事由を十分に熟知していたということができ、濡衣を晴らすための前提となる嫌疑の内容を知らなかったとは到底いえないから、これをもって解雇が無効であるとすることはできない。
また、債務者営業職員就業規則に基づく賞罰規程には、懲戒処分の決定に当たっては本人に弁明の機会を与える旨の規程が存在するところ、前示の交渉経過に照らせば、一一月二五日の事情聴取をはじめとして再三に亘り、債務者は債権者に対し、身の潔白を証するよう求めているのであって、弁明手続がなかったということはできないし、また、白紙撤回申入書が提出された一二月一五日以降、債権者からの事情聴取を経ずに解雇処分の通告に至ったことは所論のとおりであるが、右申入書には問題の受取証の写は添付されておらず、単に債権者と山内勝二との私的な合意としか判断できない文面であって、解雇の基礎となる事情の変更があったとみることはできないから、既に決定した解雇を再考しなければならないとはいえず、結局、本件解雇が手続違背により無効であるとの債権者の主張は失当である。
四 結論
以上のとおりであるから、債権者の申立ては理由がないから、主文のとおり決定する。
(裁判官 山本和人)